昨今、「日本人は滅びる」という議論がネット界隈をざわつかせているようだが、海外在住者の僕(FUMI)の視点で語ってみようと思う。僕は30年以上前にマレーシアに住み始めて海外を転々としている人間である。現在もマレーシアに住んでいる。
まず結論から。日本人は既に滅んでいる。というのが事実である。この「滅ぶ」という言葉には様々な意味があるがまず一つ目に言えることは「日本は今後世界に通用する新しい分野のサービスを日本国内生み出すことはできない」という意味である。例えば国民は貧困にあえいでいるとか、若者にパワーがないとか、国民が怒らないとか、その他にも多くの意味を含めているが今回はそれに特化して書いてみようと思う。
つい先日の話。ベトナムにおいてフードデリバリーサービスや配車サービスのGoToという会社(インドネシアの会社)がベトナムからの撤退を表明した。理由はベトナムの同業界内においてGrabやShoppeeなどとの競争に勝てなかったということである。
さて、これは何を意味するかと言うと単純に健全な市場競争が機能しているということである。日本人の僕としては羨ましいかぎりである。GoToはインドネシアで成功し、ベトナムに進出。マレーシアやフィリピンにも進出しようとしたが様々な理由で承認されなかった。フィリピンにおいては会社設立の法律により承認されず、マレーシアではオートバイによる死亡事故が多すぎるという理由で承認されなかった。ちなみにタイランドにも進出したがその後サービスそのものをエアアジアに売却する流れとなった。
もちろんこのように事業やサービスを海外展開する時には様々な障害が立ちはだかる。ただ単に法律云々によって承認されぬ場合もあるし、もちろんその他の政治的・利権的に承認されぬ場合だってある。それは世界中どこに行っても似たり寄ったりであろう。
では日本の場合を考えてみたいと思う。
ここからが本題である。
日本には残念ながらなんだかんだ言って配車サービスが存在しない。2024年になった今でも皆無。せっかくUberが日本進出したというのにも関わらず、結局Uber Eatsという極小のビジネスしか承認されていない。最も重要な全国的な配車サービスが皆無。東南アジアにおいて日本のような超大国と言われる国に配車サービスがないのだ。前代未聞の大問題である。信じられぬほど高額のタクシー代金を負担させて国民どころか海外からの旅行客にも負担させる。あってはならぬ事実である。
例えばタクシーに10km乗車したとしよう。そしたら3500円以上は余裕で取られる。そんなことあるか。たかが10〜15分程度で3500円なんてどこの誰が聞いても疑問しか生まれない価格設定。
前代未聞という言葉が一番あてはまるのが日本という国である。だが残念なことに日本の国民がそれに気づいていない。なぜなら海外では何が起こっているかを肌で感じることができないからだ。
さて、それはなぜか?なぜ配車サービス(日本語で言うところのカーシェアリング?)が日本国内に存在しないのか。それは100%利権問題だからである。タクシー業界が歴史的にも献金的にも完全に牛耳ってしまっており、新規のサービスが承認されないという超ウルトラ簡単な話である。そして配車サービスを承認しない理由に、もっともらしい理由を並べまくっている。理由はくだらなすぎて書く気にもなれない。ちゃんちゃらおかしい理由しか聞いたことがない。
それに対して国民は怒らない。
本来であればどこか海外で新しいサービスが生まれたとしたら(例えば配車サービス)すぐさま日本国内で同様のサービスを日本人が始めるべきである。外資が入り込んで来る前に日本人が国内向けサービスをソッコーで始めるのが正しい市場競争の姿ではないか。例えばタクシー業界と正面切って競争し、どちらかが負ければ良い。同業者がどんどどん湧いて生まれてくるのも健全。もしくはお互い独特のサービスを売りにすれば良い。そうすれば市場価格も自然と成立していく。仮にどちらかが潰れたら国民がそのサービスを選ばなかっただけ、とい話であるからとても健全な市場である。
そして国内で競争に勝った企業がすぐさま海外へ展開。そうするのがごく自然な流れではないか。
もちろん規制やレギュレーションはどの国でも存在する。が、例えばマレーシアの場合はとりあえず新しい事業やサービスを導入してみて、問題があったらその都度解決していくスタイルである。日本のように規制や法律やそして利権にそこまで牛耳られてしまうと全く新しい分野のサービスは生まれず、世界から完全に競争に取り残されているという構図が出来上がる。ハイ一丁上がり!
国民の選択権や利益を利権という世界一あってはならない分野で苦しめ続ける国、それが日本なのである。高額のタクシーに乗る以外に方法がない。こんな意味のわからない国が世界のどこに存在する?いったいどういうことなのか。「安全、安心」という言葉に騙されて高額なタクシーに乗り続けたい人はそうすればよい。がそうではない人々が多くいる、ということすら誰も声に上げない。
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ここマレーシアでは多くの企業が配車サービスに参入している。ちなみにマレーシアではタクシー会社やUberは完全に競争に負けてしまい、撤退した。それこそが正しい市場競争なのである。現在はGrabという会社がもちろん配車業界のトップなのだが、他社が競争力の高いサービスや価格帯でどんどん追随している。殿様商売なんてできないのが現実。消費者にとっては最高の状況である!
日本では健全どころか新しいサービスを導入せぬという前代未聞の意味のわからないことになっている。国内市場において競争すらできない悲しい現状なのである。
この状態を見て「既に日本人は滅んでいる」と言わずして、どのような表現が正しいのだろうか。
ちなみに一つ説明しよう。Grabがマレーシアで大旋風を巻き起こしてタクシー業界を地の底に落としてしまったが、タクシー運転手はすぐさまGrabの運転手に転向しまくっていた。それこそが正しい姿である。不健全な料金体系ではなく正しい価格帯において正面切って勝負する。それを認める国こそが未来のある国である。日本が本当に陸の孤島であり井の中の蛙であるのが一眼見てわかる事案。
例えば自動車業界、インフラ整備等で日本の技術は確かにまだまだ世界の中でも上位であるのは間違いないが、IT革命をはじめとした新しいサービス等を生み出す力はもはや無くなってしまった。無くなったというよりは規制されてしまってとても残念な結果になってしまっているのが事実。
日本人は既に滅んでいる、という理由は他にも無限にある。また時間を見つけて書いてみようと思う。
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